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HN:沙織(父)
東京都の主婦A子さん(57)が関節リウマチと診断されたのは20年前のことだった。抗リウマチ薬などで治療を続けていたが、徐々に手指の腫れが強まったため、昨年10月から、新技術で開発された生物学的製剤「ヒュミラ」を使い始めた。2週に1度、この注射を打つと腫れが軽くなり家事が楽になったが、毎月の医療費は診察や検査料なども含め、3割負担で5万~7万円台まで跳ね上がった。
ヒュミラを使って10か月、家計への圧迫をじわじわと感じ始めたA子さん。「将来にわたりずっとこの支払いが続くと思うと不安もある」と話す。
患者負担を軽減するための高額療養費制度は、70歳未満の一般所得者の場合、自己負担額が月8万100円を超えると適用される。この適用が直近1年間で3回以上の場合、4か月目からは、さらに上限が月4万4400円まで下がる。
しかし、A子さんの場合、自己負担額は多い月でも約7万8000円で上限に届かない。少しの金額の差で軽減策が適用されず、負担は重いまま。「私は制度の死角に入っているみたい」と負担軽減を訴える。
近年、医学の進歩で、がんや難病を中心に、高額な医薬品が増えている。例えば、発作性夜間ヘモグロビン尿症という難病に用いる点滴薬「ソリリス」は1か月当たり3割負担で100万円以上。こうした医薬品を毎月使い続ける必要がある患者の場合、高額療養費制度の対象となっても、自己負担は年間60万円以上(一般所得者)になる。A子さんのように制度の対象とならず、高額の負担を強いられるケースもある。「日本リウマチ友の会」が昨年行った患者実態調査では、高額な生物学的製剤の使用をやめた患者の11%が「経済的な理由」を挙げた。
この状況を受け、患者団体から負担軽減を求める要望が相次ぎ、厚生労働省の審議会で昨年、制度見直しの議論が始まった。財源のメドが立たず、いったんは暗礁に乗り上げたが、政府は今年6月にまとめた「社会保障・税一体改革案」で、改めて見直し案を示した。
この案は、〈1〉一般所得区分をさらに細かく分け、比較的低所得者の負担が軽減されるように上限額を設定し直す〈2〉自己負担額に年間上限額を設ける――などが柱となっている。
課題は、その財源をどのように確保するのかだ。高額療養費改革には約4000億円が必要と試算される。医療費は、保険料、公費(税金)、患者の窓口負担から成り立っているが、公費を投入するにも厳しい財政事情がある。保険料についても、「中小企業の収入が減っている現状では、これ以上保険料は上げられない」(小林剛・全国健康保険協会理事長)との声がある。このため、一体改革案では、患者の外来受診時に100円程度の定額負担を求め、財源を捻出する方向性が示された。
しかし、これには、高齢者や低所得者の受診抑制につながる可能性があるとして日本医師会などが反対、着地点が見えない状況だ。全国骨髄バンク推進連絡協議会前会長の大谷貴子さんは「(高額の医療費を払う)患者はもう待てない。昨年から議論しており、今度こそ改革を実現してほしい。ただ、財源を患者の窓口負担だけに求めることには反発も出るだろう」と複雑な胸の内を明かす。
今回の財源案について、菊池
高額療養費制度 |
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保険医療で患者負担が重くなりすぎないよう、自己負担額が一定の金額を超えた場合に、超過分が払い戻される制度。自己負担限度額は、所得水準によって、70歳未満で、低所得者、一般所得者、上位所得者の3段階に、70歳以上で4段階に分かれている。 |
高額な医薬品の長期使用の増加は、患者の自己負担増を招くだけではなく、国全体の医療費をも押し上げる。医療費の伸びをいかに抑制するかは先進国共通の課題だ。税財源で公的医療を提供する英国は1999年に国立医療技術評価機構(NICE)を設立。新薬など新医療技術を公的医療の給付対象とするかを決める際に「費用対効果」の指標を取り入れ、限りある医療財源の有効活用を目指してきた。
しかし、「効果に比べ高すぎる」として抗がん剤などの新薬を給付対象から外すケースが相次いだ結果、実質的に治療を受けられなくなった患者や国民が反発し、訴訟も起きた。
この事態に、政府は2009年から費用対効果に問題があっても、費用の一部を企業が肩代わりすれば給付を認める「リスクシェアリング方式」を導入。「3か月使用して効果が見られない患者の薬剤費は、企業が払い戻す」「当面、薬価から12%割引とする」などの条件を薬ごとに決め、新医療技術への患者のアクセスを保障した。仏や伊などにも広がっている。
診療行為に費用対効果の視点を取り入れ、コスト抑制を行う国も多い。スウェーデンでは、種類の多い降圧剤や高脂血症薬などに対し、効果が同等と評価される場合は安価な方から処方するよう定めている。副作用などの事情がない限り、高価な新薬から使うと公的医療で給付されない。こうした医薬品使用の制限は、欧州各国やカナダ、オーストラリアも採用している。
国際医療福祉大の池田俊也教授は、「降圧剤などの薬剤の使用順を定めるといった、診療現場にコスト意識を根付かせる政策が日本にも必要だ。また、政府による薬や診療行為などの価格付けの際にも、費用対効果の視点を取り入れるべきではないか」と話している。
高額療養費の支給額は、2008年度に1兆7130億円に達し、1998年度の7966億円に比べ10年間で2倍以上に増大した。支給件数も、98年度の約943万件から07年度の約1438万件へと、1.5倍以上に伸びている。
背景には、医療の高度化に加え、患者の自己負担割合が引き上げられたことがある。この10年間でも、以前は外来1回500円など定額だった高齢者の自己負担が、02年から1割負担になったほか、組合健康保険に加入する本人の自己負担割合も、03年に2割から3割に変更され、患者の自己負担が増大した。
07年からは、入院の場合、事前に「限度額適用認定証」を保険者に申請して医療機関で提示すれば、窓口での支払いが自己負担限度額までで済むように改正し、高額療養費制度を使いやすくした。来年4月からは、外来でも認定証が使用できるようになる予定だ。
(2011年8月2日 読売新聞)